第3部 009話
自分の姉だと話した少女の話を、鵜呑みにしたわけではない。
なぜ?……俺の姉の名前を知ってるのか……
少女は、誰も迎えがこないまま数日を過ごしている。
棄てられた子供は、一時的に記憶障害に陥る事があるという……この少女もそうなのか………。
………いや、もしかして俺が……。
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「ミヅキ……今日もかくれんぼしよう」

「かくれんぼ?」

「そうよ」
「今日は、わたしが隠れるから」
「あなたが探すの」
「心配なの?………こわがりね」
「もし日が暮れても
見つけられないなら」
「噴水の所でまっててね」
日が暮れると僕の敗け。
街のまん中の噴水で
お姉ちゃんが
戻ってくるのを待つんだ。
だが……お姉ちゃんは帰ってこなかった。
「ねぇちゃん…………どこ?」

ほんとうは、心のどこかで
気がついていたのかもしれない。
…………棄てられたという事を。

僕は瞬きもせず、
太陽が沈むのを見ていた………。
「あなた………大丈夫?」

悲しくも美しい斜陽から現れたのは………
……俺の心を留めてくれたのは、

………………リナだった。
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バコっ!!!
「なに黄昏てんのよ?」
「いてぇ……な」
不意討ちの叩きにもかかわらず、ミヅキはビクともしない。
細く見える身体つきだが、しっかりと鍛え込まれている事を、リナは知っていた。
「また、夕日を見てたの……好きなんだね」
リナは、ミヅキの隣に座る。
立ち上る光芒に二人は、しばらく目を奪われた。
「リナ……お前、明日午前番だろ?」
「はやく寝ろよ」
「ミヅキは?」
ミヅキは立ち上がると、軽く肩をまわす。
「……バイト」
「気をつけてね」
「ん………」
返事の代わりに唇が重なる。
リナは、真っ赤になって俯いた。
「じゃ……」
「早く寝なよ」
ミヅキは、碧く染まる街に駆け出していった。

バイトの内容は、極シンプルなものだ。
この街アズレリイは、犬が神格化されていて街中に放し飼いされている。
東洋の国では、鹿が神格化されていて街中にあふれてるらしいから、珍しい事でもない。
ミヅキの仕事は、街の犬達に狂犬病予防薬入りの餌を与えていく事だった。
しかし、野生の犬は、なつくものもいれば、逃げ続けるもの、襲いかかってくるものもいる。
街路樹の先、僅かに揺れた陰を見つけると、50メートル近くを一気に詰める。
ミヅキに気付いた犬は、素早く噴水に駆け出す。
直径の巨大な噴水は、人間を撒くのに最適だ。
円周を半分駆けたところで、ミヅキが出現した。
噴水の水面を横切ったのだ。
膝上まである深さの水から、転々と設置されている噴射口を渡って駆け抜けてきたのか。
突然、目の前に現れたミヅキに怯んだ犬を、素早く抱き抱える。
一瞬で口に餌を投げ込飲み込ませた。
ミヅキは、二、三度あたまを撫でる程度で解放してやる。
餌付けをするわけではない。
野生の犬はそのままが魅力だ……ミヅキはそう思う。
犬達との鬼ごっこで、5匹ほどを捕まえた頃に、ミヅキは今日の仕事を切り上げる事にした。
「なかなか良い動きじゃないか」

ミヅキは、背中の声に全く気配がなかった事に戦慄した。
「……………領主?」
自身の息を整えながら、振り向く。
いない………。
「威勢がいいな……」
声は、背後からする。
領主は、さらにミヅキの背後に回っていた。
街の貴族達は、人ではないという噂があるが……。
「領主?」
「領主様だろうが!!」
万力の様な力で、腕をねじりあげられる。
首筋を激痛が襲う。

領主の髪が、ミヅキの首筋に巻き付き、更に肉に食い込みはじめた。
「少年……君にチャンスをやろう」
首筋にねじ込まれた髪は、そのまま脊髄を貫通しはさじめた。
領主はニヤニヤしながら、話し出す。
「声も出せないほどの激痛だろう」
「わたしの髪が、脊髄と絡まり、さらに神経と筋肉を直結させていく……」
「この施術は、君の身体能力を劇的に向上させる」
「その能力で、一匹の犬を探すんだ」
「見つける事ができれば、我々と同じ貴族にしてやろう………」
石畳に転がり悶絶するミヅキを、しばらく邪悪な笑みを浮かべ見下ろしていた。
突然、興味をなくしたのか、表情が消え、淡々と伝えだした。
「犬を一匹……探してくるだけだ」
「特徴は………復活していれば……尾の長い、夜よりも暗い、漆黒の犬だ」
「あと……君の身体の能力を限界まで引き上げている」
領主にとって、人間の一人など、駒程度としか認識していない。
「………その状態では、命は一週間保つかどうかだな」
ミヅキは、絶望という沼に意識を沈めていった。
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