第3部 010話
「ただいま~」
「親方 リナがまた連れてきた」
ミヅキは、厨房にむかって声をかけた。
「親方じゃねぇ!! 店長だろうがっ!!」
厨房から、いかつい声と共にしかめっ面の巨体が現れる。
店の客たちは、前者の表現が正しいことを目の前にして、
クスクス笑いだした。
リナに手を繋がれてるのは、長い白髪の老人
………いや子供だ。

店長は、一瞬眉を潜めたが、空いてる席に目配せをして、
厨房に戻っていく。
「一晩だけだぞ……明日迎えがこなければ
役所につれてけよ」
厨房から、無愛想に響く声に、リナは笑顔になった。
「よかったね」
「すぐ ご飯用意してくれるからね」
白髪の少女を席につかせ、向かいに座った。
たまにしか帰ってこない店長の娘は、たびたびこうやって、迷い子を連れてくる。
何百年もかけて増築を繰り返した街は、
夜になると、子供にとっては恐怖の迷宮と変わらない。
特に、旅行者にとっては……。
少女は大切そうにスーツケースを抱えている。
リナの迷子を拾ってくる噂は有名だから、
次の日には、親が探しに店にくるだろう……。
……が、この少女……。
「もしかして家出か?」
ミヅキが少女の持つスーツケースを指しながら呟く。
「……違う」
少女は、ミヅキよりさらに小さな声で呟いた。
「こらこら怖がらせたらダメよ」
「私がゆっくり聞くからさ」
ミヅキは、頭をかきなぎら厨房にもどる。
<めんどうな事を……>
思いながらも、それを口にしないのは、
ミヅキ自身が、リナに拾われた身だからでもあった。
正解には、俺は、迷い子ではなく……捨てられたのだが。
ミヅキは、親方(店長)に渡された賄いの材料を刻んで、
手早くスープに煮込む。
「はいよ」
リナと、少女にそれぞれふるまう。
「おっ……美味しそう」
リナは早速、口に運ぶと、ほぼ同時にもだえた。

「ん〜おいしい!」
少女も恐る恐る口をつける。
「……お……おいしい」
リナが、作ったミヅキよりも誇らしげに微笑む。
「今回の料理名は?」
「トマト多めのアマトリチャーナ風スープ
……バジル風味……かな」
普段無口なミヅキもリナの前では、なぜか饒舌になる。
「ミヅキは料理は上手なのにネーミングセンスがね〜」
「トマトとバジルのスープ………」
少女がポツリと呟く。
「うんうんわかりやすいね」
ミヅキは、夢中で食べ出すリナに視線を向けていた。
美味しそうに食べる……この表情が……。
わずかに、少女が呟く。
「大人になったわね……ミヅキ」
ミヅキは、少女の声に違和感を感じた。
初めて聞いた声ではない……
<なぜ? 俺の名を知っている?>
「私よ………サヨよ…」
この声………は……
「な……」
<……なぜ……生き別れの姉の名を>
ミヅキは、少女が20年前行方不明になった
姉の貌をしている事に気がついた。