ゲーテは、原始のダーザインメフィストを捕獲。
その最初の被験者に狂人を使った……。
誰もが狂気を孕んでいる。
贖いきれない。
あなた……
触れるもの全てが痛い。
見えるもの全てが熱い。
聴こえるもの全てがおぞましい。
止めて欲しかったの……。
この狂気を……。
もう、命を止めて欲しかった。
…………
なのになぜ?
私を不死にしたの?
それは、かつて夫であり、妻であり、よき友、よき隣人だったかもしれない。
しかし、数ヶ月、数年、数十年……。
只々、眠り続ける。
ずっと寝てるだけ……若さを保とうが、それが何の役にたつのか……。
こんなので、生まれてきた意味があるの?
遠い記憶。
客船が座礁して、救助された時は父も母も死んでいた。
知らない街で幼い弟と二人、取り残された。

なんでもしないと、生き残れなかったんだ……。
手に入れるんだ……総てを。
でなければ、凌辱されたまま……。
もう戻れない……後悔が押し寄せようが……
止められない……どれだけ犠牲がでようが……
無理と無駄を積み重ねる。
こんな人生に、生きる意味はある?
母が狂っていたのに気がついたのは、彼女が死んでからだ。
悪霊と教えられていたダストは、この街の根源を司るものだなんて……。

この力を乱用させてはだめなんだ……。
できる限り俺に取り込んで、消滅させる……
母の名誉のため?
一族の悲願?
ほんとは、ただ羨ましいだけ……
死んだ人間がなんだ?
滅んだ一族がなんだ?
自分のチカラをためしたいだけ……
なんのためにするんだ?
誰のために生きてるんだ?
物心ついた時には蔑まされていた。
生まれながらに奴隷なんだ……。
街の人間とは、髪も瞳も色がちがう。
身体も小さい。
必死で覚えた仕事も、評価なんてされない。
疲れ果て、失敗して、また蔑まされる。
なぜ?
こんな目にばかり合う……?
自由の意味なんて知らねぇ……
仕える生き方しか、識らないんだ……。
それでも生きた。
誰かのために生きた。
親方のために……
姉を名乗る少女のため……
リナのために……
守りきったじゃないか……
だから、自分の首を切って終わらせた……。
ずっと、
千切れた指が痛むんだ……。
千切れた足が痛いんだ。
首の亀裂が塞がらないんだ……。

この手を失い。足を失い。
この上、なにをしろと?
なぜ俺は、生きてるんだ……。
そうまでして……生きるんだ?
狂人のダストは、全ての狂気が闇にとりこみ、すべからく全員の精神に問いを投げ込む。
「永遠に狂いつづけるか?」
誰もが、刃物の切先のような運命を走る……。
必死でいきるほど、疾走するほど、自身が傾き、さらに加速しなければ……。
簡単に運命を、踏み外す。
ほんの少し止めるだけ……。
人の感情は、伝染する。
絶望(死に至る病)を、絡ませ合いながら、
永遠を味わうがよい。
ガン!!!!!
全ての音をかき消す破裂音。
その音は、ダストのうねりを停め、時間すら止まったかのような静寂を生み出す。
咄嗟に、漆黒が身を躱した。
原始の狗、メフィスト。
既に知性を失った筈のその瞳が、一瞬だけ憎悪の紅に閃く。
しかし、すぐに興味をなくしたかのか、まもなく光を失った。
……止んだ
止まった?
音を斬り裂く弾丸を繰り出したリボルバー。
教会の扉から、祭壇に向かって向けられた銃口。
握っているのは、F(フー)だった。

「感情は伝染する」
「確かに伝染するよ」
「悪い感情だけじゃない」
「よい感情もだ!!」
「ひとくちのスープの味わい」
「差し伸べられた手の感触」
「雨上がりの香り」
「空を染める夕日を見たくはないか?」
「世界を始める朝日に照らされてみたくないか?」
「奪われようが、失おうが」
「ないなら、今、はじめればいいんだ」
「感動をつくりだせ」
ただ、音を出すため、渦巻く闇を操るためだけの存在だった……。
意味を考えることなく、言葉を紡ぎ、指示されるままに音程を重ねた……。
でも、今は違う……。
この音は、
この調律は、
この言葉は……、
あなたのために唄う。
私だけの歌。
さあ
【過去の総てを笑い飛ばせ】
【今の総てを愉しめ】
【未来をひとつ決断しろ】
ナンジワレトトモニ