後に狂犬病とよばれるそれは、当時の医学では、その病名さえなかった……。
 ある日、妻は野犬に餌を恵もうとして、指をかまれ、傷を負った。私に叱られるとでも思ったのか、傷口を隠していた。
 始めは、発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛、疲労感といった風邪をこじらせていると誤診した……。
 そのうち、水を怖がりはじめ……知覚異常がは発症……。
 興奮や不安状態、錯乱・幻覚、攻撃的状態、光を怖がる……呪われたと噂された。

 手遅れだとは思わなかった……思いたくなかった。

 犬に噛まれて発病したのなら、犬になら免疫力を保有する個体もいるはず。

 街中の犬を解体した。狂気の医師と言われようと……山中の犬を狩りつづけた。
 血清さえ創り出せれば……。
 
 そして、ついに狩り出した。

 メフィスト。

 不死の犬を……。

 捕獲できたのは、偶然だった。
 分解しても、解体しても、再生する。
 研究材料としては、完全な素体だった。だが、この素体には、この病を感染させることが出来ない。つまり抗体が生まれない。

 メフィストを解体するほどに、治療法の研究ではなく、その不死性に取り憑かれていった。

 妻は、体力も精神も限界に達していた。

 命を……命だけでも、繋げれば……いつか完治できるはず……。

 
 
 刻を止めれば、いつかは来ない。
 そのことに気が付かなかった。

 浮かべるように位置を変える
 すべらせるように確かめる
 穿くように力を込める

  さあ
 
 過去の総てを笑い飛ばせ
 今の総てを愉しめ
 未来をひとつ決断しろ

それは、徐ろにはじまった。
 ひとり、ひとりと、眠り人の瞼が開き出したのだ。
 何年も……いや何十年も眠り続けていた人々が、その意識を取り戻す。
 奇跡が、ここにあった。

 それが、外法であったとしても……。
 

 眠り人から、滲み出したダストは黒い濁流となって、協会を埋め尽くし始める。
 このままでは、またダストが戻り、人々は、眠り人に逆戻りしてしまう。
 溢れ返るダストを誰かがとりこまねば。
いや……。
このままでは、キャリアが深い僕にダストが流れ込んでしまう……狂人のダストが……。
 
(……どうすれば?)
 
(だめだ。ダストが深すぎて、前が見えないよ)

僕の能力は、希薄する……。

人の過去を知り、その中に一部、僕の意思を加える。

一度に一人の過去なら、より深くに影響できる。
でも、それが一度に二百人になると、洗脳というより、簡単な暗示ができる程度だ。

 真っ暗な状態で、出口に導く暗示なんて……。

 
 混乱するF(フー)の手に紅い点が纏わりつく。
(レーザー?)
(いや……紅い糸……血?)
F(フー)が目を凝らすと、紅い血線。黒い視界の中、四方から極細の紅い血線が、空間を奔っている。

「F(フー)!」

「ミヅキ? どこ?真闇で見えないよ」

 「その紅い血線は、俺の血だ、辿れば出口に繋がっている」

「お前の能力に反応した者達を誘導するんだ!!」
「目覚めた奴らを連れて避難しろ!!」
 
「……ミヅキは!?」

「俺は……奴の血のねがいを……」

.....

 

「この……約立たず」
 メフィストは眠ってしまった。
 館に充満するダストをメフィストに取り込ませる予定だったが、サヨ自らに取り込ませるしかなさそうだ。
 しかし……サヨは、戸惑いを隠せずにいた……。
メフィストと直接繋がってからのサヨは、自身よりキャリアの深いダストに接したのは初めてだった。 
 ダストは、キャリアの深い方の影響を継ぐ。
 (私は、このダストの“狂気”に耐えれるのか……) 

.....

 F(フー)の目の前を、一筋の紅い光が横切る。
 
 ミヅキが、張り巡らせた血液の糸から、出口に繋がるその一筋のみの濃度を変化させて、光を反射させているのだ。

(ありがとうミヅキ……)

「フラッシュバック!!!!」
 【ヒカリノサスホウヘ】

 荒れ狂う漆黒の中、人々は、紅く美しく煌めく光にみちびかれた。

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