その夜は、くぐもったうめき声と啜り泣く声が、絶える事はなかった。

クルトは、エクソシシト(退魔士)であり、
それに加えた体術を認めれ、このジプシーに
用心棒として参加してる。

命のやりとりは、数えきれないくらい程に
経験しているが、この場合においては、
手も足も出せず、はがゆさだけが積もる。

クルトは、ジプシーを率いているサーカス団の
団長から分けてもらったウィスキーを、口に流し込む。
判断力が鈍るため、普段はアルコールはとらないが、今夜は他の手段が思い付かない。

しばらくすると、テントの入り口がそっと開き
ネリネが、疲れた表情で戻ってきた。

「……起きてたの?」

目が合うと安心したのか、わずかに笑みが零れる。
しかし、表情は固いままだ。

「お疲れ様だったね……」

ネリネを、席につかせた。

結果は、聞かなくてもわかっていた。

「ダメだったわ……赤ちゃんは死んでた」

「メアリーはなんとか大丈夫と思うけど、
これで3回目……」

「神様は、残酷すぎる……」

クルトは、そっと抱き寄せ背中をさする。
ネリネは、こらえていた感情が溢れだし、
肩を震わせた。

移動生活を重ねるジプシー達にとって、
出産は最も危険な医療であった。

「なにか食べとかないとな……」

少し固くなったが、まだ食するには
問題はないだろう。

クルトは、パンとハムをテーブルに並べると
ネリネに促した。

「待っててくれたの?」

「ありがとう」

ネリネは、パンを小さく千切りながら、
口に運んでたが、その咀嚼が唐突にとまる。

口元を押さえてテントを後にした。

クルトが、なすすべもなく呆然とする中、
しばらくして戻って来たネリネと目が合う。

「……もしかして」

「うん……」

二人は、密かに、つつましく、祝杯した。

ジプシーのキャラバンが、次の街に到着する頃、ネリネの懐妊は自然と皆の知ることとなっていた。

よそものであるクルトが、父親である事で
何かしらの咎めがあるかと心配もしていたが、
その気配はなかった。

……というより、父親が誰かである事すら誰も聞かなかった。

……関心をもたないようにしていたのだ。

……あえて。

そして、ネリネは「アズレリイトオン」の
歌い手に任命された。

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