「いらっしゃい」
色とりどりの花を敷き詰めた店内は、きらびやかさと同時にずさんな管理を、塵積もったあせた花や葉が物語っている。
店の奥から顔を出した老人が、愛想よく会釈する。
「ミヅキか」
「相変わらず若いな」
ミヅキは、片手を上げて挨拶すると、様々な花から慣れた様子でいつもの花を引き出す。
小振りな花が鈴の様にならんだ花。
仄かに紫色が滲むように花弁を染めている。
「ミヅキは、いつもその花だな」
「……なんだったかな、その花」
「花屋なのに、花の名前が覚えれないなんてな……」
老人は、気恥ずかしそうに頭を掻いた。
ミヅキは、ニヤリと笑いながらコインを、トレーにならべた。
「俺も、自分で作ってるスープのメニューを覚えてないさ」
「できる事を続けてればいいさ……お互いに」
「また 来るよ」
ミヅキは、店を出た。
出てくるのを見計らったかのように、レトロな車体が、滑らかにに迫った。
馬車が自動車に役目を譲って、何百年も達つというのに、このロールスロイス・シルバーゴーストは、昨日創られたばかりのように、美しく磨きあげられている。
電気自動車が普及しつつある時代に、時代錯誤も甚だしいが、そんな道楽が可能なのは、稀族しかいない。
運転席から、スーツを着た男が顔を出す。
「やっと見つけた」
「なぜ? 俺の血界を破れた?」
ミヅキは、無用な戦闘を避けるため、街の自身の血液を各要所に配置し、血界を作っている。
自身のキャリアより下位のダーザインは、ミヅキにすれ違ったことすら気がつけないはずだ……。
「簡単な事だ……」
「それよりボスはどこだ?」
「お前に会いに行った後、消息を断たれた」
男は、稀族のプライドのためか車から降りようともせず、ミヅキを蔑む態度をみせる。
「……逃げ込んで来た」
「の、間違いだろう?」
「前も話したろう……もう死んでたって」
男は、苛立ちを顕にした。
「死ぬはずがないだろうがっ」
「我らダーザイン(不死者)の長が」
「最も完璧な存在に近い御方だ」
「我々の不死力がなくなっていないのが、
あの御方がご存命の証なのだ」
ミヅキは、淡々とかえす。
「知らねえよ」
「あんたらのボスは、うちの店に駆け込んだ
ときには事切れていた」
「俺は、『血の依頼』を受けた」
「『血の依頼』は本人の了解なく他者には伝えない」
「それが、俺の仕事だ」
男は、アクセルを踏み込みエンジンを空ぶかしさせはじめた。
「この車に乗るか、この車に轢かれるか」
「おまえの返答しだいだ」
ミヅキは、腕を硬質化させながら、答えた。

「どっちもゴメンだね」
ドスっ
「……なっ」
ナイフがミヅキの脇腹にめり込む。
石畳には、血界が張られているはず。
ミヅキに勘づかれずに、近づくのは不可能なはず。
背には、店しかない。
ミヅキの脇腹に、刺さる刃を持っていたのは、
花屋の老人だった。