「あれが何か知ってるか?」
ミヅキは、窓から見える街の空を、指差した。
アズレリイの街は、巨大な岩山の斜面を切り崩して開拓されている。
岩山の頂きには、巨大な塔が街を見下ろすように、斜めに建てられている。
なぜ、極端に岩場から突き出た塔が、崩れないのか……人智の及ばぬ建築技術の現れだ。
「……龍の塔!?」
街を見下ろす建築は、その奇妙な外観から、龍に例えられていた。
「この街の創始者は、カリオン奏者だったんだ……」
「あの塔の先にはカリオンが設置されていて、いろんな音色が街に溢れていた……」
そういえば、朝や昼下がり、夕焼けと共に美しい調べが、街に響いていた。
「カリオンの音色は『ファウストの鐘』と呼ばれ、聴くものによって、希望と絶望を与えたらしい」
「f……ダーザインは、人間と共存していた……極夜がくるまでは……」
「奴隷として、多くの時間を過ごした俺は、ダーザインの存在すら気にした事はなかったんだ……」
窓の外を見つめながら、ミヅキは無表情に呟く。

「ダーザインと呼ばれる不死者の存在」
「あの日、ファウストの音色は、街に響かなかった」
「夜が明けなくなった日だ」
振り返ったミヅキは、眠りから目覚めないリナの顔に視線を向け続けた。
「なぜ 彼女は、目覚めない?」
「なぜ 俺は、死ねない?」
「なぜ 街の夜は明けない?」
「知識がなければ、謎は、なにひとつとして解けない」
「クロウズを店の壁に閉じ込め、知識を絞り出した」
「彼女を目覚めさせるためなら……」
「俺は……どんな事でもする」
かつて、崩壊した店にクロウズを埋め込み、街の情報を集めていた。
レヴィンが加わり、f を迎え入れ、オトネを匿い……。
……ミヅキの闇に……孤独に……微かな煌めきを仄めかしてしまった。
油断が、結界を僅かに綻ばせた。
そして、それらを一瞬のうちに失ってしまった。
「迷惑をかけてすまなかった」
f は、自身がクロウズに乗り移られた事を、ミヅキが悔いている事を知った。
「僕こそ ごめんなさい……」
感情を抑えれず、f は、クロウズの記憶に
【存在をゆるさない】という暗示をかけた。
f のブレンド(能力)は、強力で解ける者は存在しない。
クロウズは、【存在をゆるされない存在】として、永遠を生きる事になる……。
「f……お前の能力は、あまりに強力だ……」
「クロウズは、この街でもかなりブレンドの濃いダーザインだ ……首だけでも……壁に埋め込まれても生き続けるほどに……」
「そのクロウズの力を抑え込むほどの能力だ……」
「力の扱いには、気をつける事だ……」
しばらくの沈黙の後、ミヅキは f に語りかけた。
「お前には、俺達にはない力がある」
「その能力【洗脳】も、その一つだが」
「ダーザインでありながら、幼い頃、昼の世界を見ていた」
ダーザインは、不死の能力を得るかわりに、夜の世界しかいきれない。
ダストは、太陽の光を浴びると透明化が始まる。
例えば、皮膚にダストを融合させて、不死者ダーザインとなっていた場合、皮膚は透明になり内蔵は、直接直射日光を浴びる事になる。
その命は、数時間と保てないだろう。
だから、ダーザインは、日の光を避ける。
しかし、f には記憶があった。
昼時のカフェに両親といった……。
そこで働く少年が、自分のでたらめなアルファベットの歌に合わせて歌ってくれた……。
でたらめなアルファベット……。
ミヅキは、続ける。
「この街のダーザインは、あの狗を源としている……」
「おそらく、f お前は、俺達とは全く別のモノを起源にしている……」

f は、気がついた。
自身の存在の在り方こそが、ミヅキが求めていた存在。
ミヅキは、気がついていた……。
子供の頃、出会っていた事も……。
それでいて、利用しようとしなかった。
ミヅキなら、f の血を採取すれば、その性質を調べることが出来たはず……。
「ミヅキ」
(ミヅキは、あえて、待っていた)
(僕の意思で血を与えると、おそらくミヅキは僕の眷属になる)
「僕の、血の記憶をみて欲しい 」
「ダーザインの真理がわかるかもしれない」
「僕は、オトネと、レヴィンに戻って来て欲しい」
「僕は、みんなで生きたいんだ」
「この街を、その人を、一緒に目覚めさせよう」

「僕の世界を、共に生きて欲しい」
f は、静かに、しかし、ためらいなく手を差し伸べた。
ミヅキへ。
ミヅキは、手袋を外すと、深紅の掌で、f の手首を掴む。
僅かに削った f の手首から血液が滲み出す。
ミヅキの掌に、f の記憶が一気に流れ込んだ。
第四部009話へ