「ミヅキ……あんたが羨ましかった……」
食い込ませた刃は、ミヅキの血を操る能力で、すぐさま凝固できるはず。
だが、ミヅキは敢えてその傷みをうけいれた。
それでも、老人は、震える手を離せないでいた。
人を刺すのは、長い人生ではじめてだった。
「なんで、お前だけが若いまんまなんだよ……」
「あの日から、母さんは眠ったまま……」
「店の開店準備で、夜明け前から準備してた……」
「街中のどの店より、早く開店するのが自慢だったんだ」
「子供だった俺が、店に降りてきたとき」
「母さんは、目覚めなくなっていた……」
その後、少年はなんの知識もないまま、店を続けた。
その姿が老人になるまで……。
ミヅキは、気がついていた。
この老人が、その母を協会に受け入れるかわりに、ミヅキの居場所を密告し、その背中に刃を突き立てる強要をした事を……。
「ミヅキ……俺は、お前が羨ましい」
「なぜ? お前は歳をとらない?」
「俺たちは、友達だったじゃないか……」
少年は、ミヅキを兄のように慕っていた。
歳上の”友達”と言い続ける少しませた少年は、
ミヅキを見つけると、その後ろをよくに着いてきた。
今、二人をつなぐのは、冷たい刃であった。
ドルンっ!
アイドリングの不躾な音が響く。
「ミヅキ〜どうするよ」
「我々と共に来るか?」
「その爺さんと、この車の下敷きになるか?」
車から、残忍な冷笑が響く。
ミヅキが、車の衝突から身をかわせば老人が轢かれてしまう。
ミヅキは、車の後ろの噴水後を眺めていた。
「この噴水には、なんか縁があるのかもな……」
運転手と老人は、怪訝な顔をする。
ミヅキは、構わず続ける。
「ここの噴水は、昔、用水路を兼ねていたんだ」
「店長は、ここの工事の監督をしていた」
「だから、俺は、店長じゃなくて”親方”と呼んだんだ」
「ガキの頃、なんでこんなどこに噴水を造るのか不思議だったんだ……」
「この街の土地は、水晶を多く含むため、地下の水捌けが悪い」
「噴水は、その地下水を汲み上げて、排水してたんだ」
ババババっ!!!!!
シルバーゴーストは、運転手のイラつきの頂点と呼応するかの様に、けたたましい響きをたてた。
「さんざん無視しやがって!!」
「上等だ、この野郎殺してやる!!!!」
ドルンっ!!!!
めいいっぱいアクセルを踏み込んだ瞬間、地面の石畳が崩れ落ちた。
「つまり、地盤が弛い」
「俺の血が繋いでないといけないくらいにな」
「ぐあっ」
車体が地下に完全にしずみ込む寸前、窓から出した頭だけ残し、地面の石畳が再生した。
「ぐぇぇぇ」
石畳から生えた頭部が呻く。
車体の重量は1760kg
いくら、ダーザイン(不死者)でも、首だけでその重さを保つ事はできない。
「お前が車から降りてこないって事は、車と一体化したダーザインってことだ」
ミヅキは、うめく頭部を蹴り上げた。
「俺の馴染みにふざけた真似をした罰をうけろ」
「そのまま、大好きな車の重みに首をもがれな!!」
「ぐぉおおおお」
ブチンっ
ミヅキは振り替えると、ヘタりこんだ老人の肩をたたいた。
「大丈夫か?」
老人は、泣きながら応える。
友人を裏切った自分を、正当化できるほど、若くはなかった。
「ミヅキ……すまない」
「いいさ……また来るよ この花、また仕入れておいてくれ」
立ち去るミヅキの背中を、見つめながら老人は思い出した。
「その花……」
「花の花言葉は【あこがれ】」
「花の名前は【フリージア】だ」