AZURELYTONE 第4部 004話
クロウズは、美しい艶を取り戻しつつある髪を確かめながら、けだるげに応えた。
「そのスーツケースを置いて去れ……」
「お前に施した術は、眷属になれるものではない……」
「命の残り数日を、有意義に過ごすんだな……」
ミヅキは、指に取っ手を絡めたスーツケースに目をやると、クロウズに一歩近づいた。
「だめだ……約束通り持ってきた」
「あんたが探してた犬は、これだ」
「この干からびたミイラの犬だ!」
「その子と交換だ!」
「離さないと、この場で、ミイラを粉々にする……」
クロウズは、振り向くと鈍く光る瞳を、ミヅキに向ける。

「それが、なぜミイラなのか分かるか?」
ミヅキは、クロウズの話に耳を傾けるふりをしながら、少しずつ、間合いを詰めた。
「知らねぇよ……尻尾が長くて珍しいから捕まえたんだろ」
「珍しい……?」
「確かにな……だが、姿が珍しいのなら、剥製にでもすればいい……」
「ミイラなのは、血を絞ったからだ……」
「血を啜ったのさ……何年も、何十人もが……」
「だが……ミイラになっても、その犬は生きてる」
「何故だと思う………?」
クロウズの口許が、侮蔑のかたちに歪む。
「その畜生が、我々の不死の源……」
「この街は、一匹の山狗を啜りあって、成り立ってるのさ」
「くっくっ」
「あはっはっはっはっは!!!」
クロウズは、肩を震わせて笑う。
狗の血を啜り、人間の血肉を奪う。
それらを繰り返して、得た不死に精神は蝕まれていく……。
「はっ……くっくっ」
「ミヅキ」
クロウズは、静かに立ち上がるとミヅキを振り替える。
「お前は、部外者だ」
「お前の様な身体も教養も劣る人間は、眷属には加えない」
ミヅキの親がわりになってくれたアルは、この街の選民思想に疑問をもっていた。
奴隷として拾われた自分に教養を与えてくれたのも彼だ……。
ミヅキは、感情を留め静かに問う。
「お前は命を何だと思ってる?」
クロウズは、嘲笑う。
「命に意味などあるか」
「価値があるとすれば、摂取できるという点においてのみだ」
「………こんな風に」
ゴトン
クロウズは、無造作にミヅキの足元に投げ捨てた。
「………!!!……っ……カっ……ヒュ……ヒュ」

それは、血を搾り取られて、ミイラのように干からびた少女の姿だった。
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