第一部 010話
「………邪魔するな」
「依頼されたのは俺だ…」
「こいつを殺さなければ、
彼女は自由になれない…」
ミヅキは冷たく答える。
しかし、f は、彼の少し躊躇いを感じた。
「彼を殺せば、今度は
罪の意識が『枷』になる」
「『自由』は手に入らないよ」
「彼女の精神は崩壊してしまう…」
「ミヅキには、ダーザインを
滅ぼす力があり、レヴィンには
ダストを祓う術がある…」
それが、この店のもう一つの仕事…。
「彼女の血のねがい『自由』
を実践する」
レヴィンの術では、
ダストを吸収させる物質が必要だ。
あの結晶では、容量がたりない…
「こうするしか…」
「器なら………僕がなる」
「僕は、産まれながらの
ダーザイン(不死者)」
「僕の身体がダストの結晶なんだ」
レヴィンが、ミヅキを諭す。
「この子……fとなら…」
「ミヅキ、もう一度だけ俺…」
「俺達に任せてくれないか?」
「今度こそ、完全に祓ってみせる」
「ダーザインだった時の記憶は
無くなる……今の彼女を見ても
娘とは解らないよ」
「彼女は『自由』になれる」
「それぞれが生きなおせばいい」
ミヅキは、しばらくの沈黙のあと
静かに確かめる。
「……お前は」
「…………ダストを吸収できるのか?」
シュウウ……
ミヅキを取り囲む紅いハガネが蒸発をはじめる……。
ミヅキのカタチが人に戻りはじめた。
「確かに………
試す価値はありそうだな」
三人は、男を囲んだ。
「俺が、人間部分を
体内から保護する」
「レヴィンがダストを引き出し」
「 f が吸収する」
「二人とも無理はするなよ」
レヴィンの結晶が光を灯す。
「集え! 碧の世界へ」
「………f」
…60年前
<……事故で助かったのは>
<貴方と娘さんだけ……>
<奥さんは……>
<そして……精密検査の結果>
<貴方の命も……もって2ヶ月…>
<なにを選ぶかは貴方の自由…>
彼女に巡りあったのは、
事故から一ヶ月後だった……。
これは……彼の記憶?
大丈夫だよ……彼女はもう大丈夫。
だから………全部
「インディアヴェルトザイン
(In-der-Welt-sein)」
ここに存在は世界する
汝、我と共に在れ。
……………………
……………………
……ここは?
ひんやりとした石畳の感触は、
男の意識をゆっくりと
鮮明にしていった。
「そうだ……俺達は事故に…」
「妻と娘は……」
その傍らには、老婆が寄り添っている。
「あなたは……」
「とてもつらい思いをした…」
「でも……もういい」
「もう大丈夫だから……」
「ゆっくり、やすみましょう」
背中から伝わる優しい温もりは、
お互いが選んだ答えだった…。
三人に小さく会釈をすると、
老婆と男は、寄り添いながら
闇にとけていった。
・
・
・
・
・
………
…………
食事の終わったレヴィンに、水を注いだグラスを渡しながら口を開く。
「……彼女は自由に
なりたかったのでは?」
水を飲み干すあいだ、ミヅキは静かに待っている。
レヴィンに食事を作るのは、食事を必要としないミヅキにとって人間らしい営みのひとつだ。
「幼い少女を守りたい一心で
父親は、ダストをとりこんだ 」
「だが……それは、自身が抱えていた
病にも永遠に苦しむ事を意味した」
「………病みは精神を少しずつ
蝕んでいく」
「そんな父親を60年近く見続けた
………彼女にとっても
限界だったんだろう」
「彼女が解放されたかった束縛とは
『永遠に妻と誤解される』事」
「そして……」
レヴィンは、ミヅキの瞳をまっすぐに見た。
「自由とは『自分で選択する』
ということ……」
「限りあるならば、
命を看取りたいと思えるのかもな」
カウンター越しのミヅキは無表情にかたる。
「20代でダーザイン(不死者)
になった……俺は」
「身体も精神も時間はそこまでだ」
「……人間を理解できそうにないな」
レヴィンはクスリと笑って、ミヅキに問いかける。
「なぜ? すぐに止めを刺さなかった?
君の力なら一緒で終わらせる事も」
「まるで、俺達が駆け付けるのを
待っていたかの……」
「…………」
「……ただの偶然さ」
ミヅキは興味も無さそうにこたえた。
「そういえば、 f は?」
「あぁ……部屋で寝ているよ」
「ダスト(Dast)を
かなり取り込んだからな」
「本人は平気だといっていたが…」
レヴィンのスタイル(術)により、 f はかなりのダストを取り込んだはずだ。
当の本人はまったく平然としていが、
暫くして、眠りだした。
「食事をとる」
「睡眠がある」
「死の意味がわかる」
「おそらく…………
精神も少年のままではない」
「ダーザイン(Dasein)にしては
……人間らしすぎる」
「……産まれながらの
ダーザイン(Dasein)……か」
「………」
「まぁ……なんにせよ
今回は、借りができたな」
「……彼をこのままうちに
おいてもらえるかい?」
「マスターは、お前だ」
「好きにすればいい……」
「たとえ……死なない
とわかっていても、
子供の姿をしていれば、
放ってはおけないか…………」
「俺のようにはなるなよ」
ミヅキが指差した自身の首には、紅い亀裂が走っていた………。
百年近く前に建てられた店は、
不規則に増改築を重ねられている。
僕は、そのうちの一部屋を
与えてもらえた。
僕は、ベッドに転がりながら
老婆の事を考えていた。
彼女はなぜ立ち去らなかったのか?
男の残された時間を、
共に過ごしたかった。
男が混乱する以前、二人には
良い思い出があったのかも知れない。
思い出が…………
ダストを取り込む度に、記憶が
削られていく僕にも、
無くしたくない思い出がある。
「m…a…i…♪」なつかしい
メロディーを呟きながら
やわらかな睡魔に身を委ねた。
これは、僕が思い出せる
一番古い記憶…………。
町外れの店は、昼時のにぎわいをみせていた。
僕は、父と手を繋ぎ外に並べられた椅子で順番待ちをしている。
「パパ……ぼく、ママにうた」
「おしえてもらったよ」
「え〜っと」
「m♪a♪i♪t♪〜」
「r♪y♪………a?」
「おおっ」
「上手じゃないか」
「でも、それじゃあ
アルファベットが
バラバラなんじゃないか?」
「なあ? リリィ」
「フフッ」
「いいのよ」
「 まだ言葉を覚えはじめた
ばかりなんだから……」
「ここまで育ってくれるのに
15年……」
「この子の
ゆっくりとした刻の流れ…」
「…この街に辿り着けてよかった」
「ああ……
とても我々だけの一生では」
「この街は、この子の存在を
認めてくれた……」
「街の主様は、この子に名前まで
授けてくださった」
「♪♪……♪…………?」
「ほんとうによかったな……フ」
「あれ? それって
a♪b♪c♪d♪〜のうたじゃない?」
少年が、身体には大きすぎるトレーに危ういバランスを保ちながら、水を配ってまわっている。
奥から店主の厳つい声が響く。
「こらっ ミヅキ 」
「お客様に失礼な事をするなよ」
少年は、舌をだしながら、おちゃらけてみせた。
「え〜なんにもしてないもん」
今日に家族によく冷えた水を差し出していく。
ワイワイと賑わう店頭に、氷が涼しげによく響く。
「すみませんね」
「さっ お席が空きましたので」
「いやいや かまいませんよ」
「そちらのお子さまが
しっかりなさっているようだ」
「そうだ」
「少年
この子にアルファベットの歌を
歌ってあげてもらえないかな? 」
しかられると思ってた少年の瞳がキラキラと光る。
「あ………うん……いいよ」
「じゃあ 一緒に歌おうか!」
「いくよ……せ〜の」
「M(m)♪A(a)♪I(i)♪T(t)♪
R(r)♪Y(y)♪A(a)♪」
「うん 慣れてる方が、歌いやすいよね」
「アハッ」
「フフフ」
「アハハハハハ」
きっと、僕が傷つかないように
合わせてくれたんだ……優しい少年。
僕の初めての友達だった。
……なんで?今思い出したんだろう
・
・
・
・
・
………………………………「おい f 」
「………大丈夫か?」
「……はっ 」
「フラッシュバックか?」
「うん………」
目の前の鍋から黒煙がゆらめく。
ミヅキは、f の隣で、水をもって構えている。
「料理をつくる時はやめとけ」
「焦がした分は、
自分で食べるように」
「…………」
「……………マジですか」
ミヅキはニヤリとした。
「……フッ」
「冗談だよ」
「新しいのをつくるから」
「レヴィンに声をかけてきてくれ……」
「まぁ………」
「身に付けば、考え事をしながらでも
できるようになる……」
「記憶が混乱してても
問題なくなるさ……」
「要は、慣れだ」
「すぐできるから、
皿を片付けてくれるか?」
「うん」
f は、年季のはいったテーブルを磨いていたレビィンに声をかける。
「レヴィンごはんだよ」
「ああ……ん?」
「今日は f の当番じゃなかったか?」
「……あはは」
「ちょっとね」
カウンターの奥のミヅキ、はクスリと笑う。
鍋の焦げ付きを、手際よく剥がしながら、なつかしそうに口ずさむ。
「m♪……a♪…i♪t♪r♪y♪………a♪」
「…………慣れ……か」
第1巻
完
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