第五部001話「革命」
ダーザインは不死者ゆえ、
食事を必要とせず、睡眠を必要としない。
しかし、それは”しなくても死ぬ事はない”という意味においてだ。
食事や睡眠を省略すると、身体が食事の効能を補填することはない。
また、睡眠をとらないと、記憶の整理もままならなくなる。
長命のダーザイン(不死者)は、たびたび記憶の混乱によるフラッシュバックに悩まされていた。
「マザーの店の娼婦が逃げたらしいぜ」
湿気たタバコに、無理やり火を灯しながら男が切り出した。
「そいつ、正気か? 逃げ切れると思ってんのか?」
「さあな……しかも、逃げたのは、あの人気ナンバー1の”ヴァイパー”だってよ」
「あの血を吸わせたら、サービス増すって噂の女郎?」
「なんか変な儀式するらしい……血を気味悪いミイラに垂らすんだと……」
「イカれてるな……」
「でも……スゲーいい女らしい」
「捕まえたら賞金と……」
「役得だな……」
はぁはぁ。
(くっそぅ……あの男、稀族っていったのに……ただの眷属じゃない)
(死なないって言うから、血を抜いたのに……)
(その分もサービスしたのに……)
(死にやがって)
石畳を裸足で走るのは限界がある。
不死でなくなった身体は、擦りむけた傷を治すだけでも日時がかかる。
(あの日、私は人間に戻って、ミヅキは不死者になった)
(クロウズをミヅキが倒してくれたから、クロウズの眷属だった私は人間に戻った)
(でも、なぜミヅキは不死者になった?)
(このミイラに不死の謎があるはず)
昔、クロウズに飼われてた頃、この街には「信仰」が植え付けてある。
犬が神聖な動物として崇められていて、だから街に野犬も多い。
なぜ? 犬が崇められてるのか?
それは、教会に行けばこのミイラを見た事があるなら、すぐに解る。
「まちがいないのか?」
「ああ、もう出口も塞いである」
男は、肩に担いだショットガンを持ち替えグリップを握る。
「おいおい……女一人相手になんでそんなもの」
「……只の女ならな」
不死者ダーザインの存在は、まことしやかに囁かれていた都市伝説だ。
稀族(キゾク)と呼ばれる特権階級の中には、不死を獲得した存在がいる。
そして、その血を授けられたものは、眷属となり、その能力を分け与えられる。
「”ヴァイパー(吸血鬼)”ってのが、プレイの名なだけならな……用心さ」
「くくっ」
「生かしてかえす道理もないしな……」
男達の下衆な含み笑いは、吸血鬼のソレよりはるかに邪悪であった。
教会に秘密がある……。
サヨは、いまや廃屋と化した教会にたどり着いた。
「これが、この街の信仰……」
寂れた礼拝堂には、無惨な姿のメシアが貼り付けにされている。
凄惨な拷問にあった後、貼り付けにされたその姿は、人間の罪を一身に引き受けた男の姿を彫刻にしたものだ……。
サヨは、メシアの彫刻が嫌いだった。
子供の頃、身体を不死身にされ、ミイラになるまで血を啜られた。
……何度も、何日も、何年も。
あのとき、逃げ出さなければ、自分もこの彫像のように、永遠に地獄の苦しみを味わいつづけるところだった。
自分の姿を重ねてしまう……メシアは、解放されないのだろうか?
誰も助けはこないというのに……。
祭壇のメシアの頭部に、布がかけられている。
サヨは、手を伸ばし、布をつかんだ。
その頭部は、人ではなかった。
「……犬?」
ドン!!!

「……っぐあ!!!!」
散弾銃の弾丸は、サヨの腕、その骨を粉々にくだき、貫いた。
「ヒャハッ 当たったぜ!」
「バカっ!? 当ててどうする」
「殺す気か!?」
「腕をつぶしただけだ、ダーザインかもしれねえし」
「身体があれば、楽しめるだろう」
「くくっ 変態だなお前」
油断した。今まで気を散らしたことなどなかった。人間に戻ってから、身体に傷が残らないように細心の注意を払った。
また、不死の力を手に入れるためだ。そのためにこんなミイラを10年もぶら下げ生きてきたんだ。
だが、この結末はどうだ。教会に飾られた、いかれたモニュメントを拝むために命の危険をさらした上に、腕を千切り飛ばされた。
床に血だまりが広がっていく……。近付いてくる男たちは、自分を生かして捕まえる気はないだろう……。抵抗できないものを汚す。こんなカスどもをこの世から消し去るために、不死を手に入れる。
腕から滴る血を、ミイラに注ぐ。
これでは、ダメだ。足りないんだ干からびすぎてる。たぶん、内蔵のなにか大事なところ……例えば、心臓とかが抜け落ちてしまっているんだ。
もっと、大量の血を……滞ることなく……ダメだ……意識が……。
すメシア……犬……狗……身体は人……顔……犬……狗……まざって……ミイラ………血がない。
「おい……動かなくなったぞ」
「ダーザインではなさそうだな」
「早くいただこうぜ 冷たくなっちまう」
男は、銃口でサヨの身体をつつきながら、愉しげに呟く。もう一人の男も奥からかけ戻ってくる。
「戸締まりしてきたぜ しばらくは誰も入れない」
「用心深いこった」
血を流しすぎて気を失ったか、サヨはピクリとも動かない。下着姿の肢体は血化粧でなめかわしさを増している。
二人のうちどちらが先にその体に触れるか、殺気に近い視線を交わした。
瞬間。
黒い影が、稲妻のように二人の間を駆け抜けた。
男たちの腕が千切れ飛ぶ。
「ぐわぁぁぁ!」

「犬が……甦っている!?」
のたうち回る男たちの目前に、サヨが立ち上がる。
「なぜ……生きて……その出血で……動けるはずが……」
サヨは、持ち上げた右手で髪をかきあげた。その腕には傷ひとつない。
手首から一筋の血管が伸びている事以外は……。
「繋いでみたの」
「血液が足りないなら、循環させればいい」

この女……ミイラに自分の血管を繋いで、血を常に循環させる。
そして、狗を復活させただと?
メシアの身体は人間……顔は犬。
つまり、この呪われた狗の一部を身体に取り込む事が、不死力を得る秘密。
サヨは、自らの血管をミイラに突き立て、ミ狗に自身の血液を輸血して復活させ、その中で不死力を得た血液を、還元したのだ。
「さぁ 革命のはじまり」
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「サヨ様……」

……。
数時間もの間、一点を見つめつづけるサヨに、黒服の男が声をかける。
「……近頃、昔を思い出す……年をとったのかな?」
黒服の男は呟いた
「……まさか」
サヨは、変わらぬ美しさを保っている。
あの日から、この教会は協会とあらためられ、その礼拝堂には椅子の代わりにベッドが並べられている。
病気の患者ではない……インザイン(眠れる者)だ。
インザインは、夜が明けなくなったその日に意識を失い、その誰もが目を覚ます事がない。
原因もわからず眠り続ける家族や恋人を、誰が助けるのか?
サヨは、夜がなぜ明けないかを知っている。
「皆が待っています」
「ああ……」