【ゲーテ】

 ダーザインの申し子は、物心つくころに行方不明となる。それは、我々も意図しなかった事件だが、両親は我らを憎むしか心を保つすべはなかったのだろう。


 アムネジア事変

 アムネジアは、布教活動に鐘を使う。
 軒先には風鈴。街灯には組鐘。
 中心地にはカリオンが掲げられた。
 音色が、魔を祓うという教えだ。

 我々は、「魔」ではないが、彼女らにとっては、子供を取り上げた「悪魔」そのものだったのかもしれない。

 簡略化されたアズレリィトオンの音色が、街を奏で渡り、その効果は、ダストの狂気に苦しむ人々を癒していく。

 信仰に支えられた組織の恐ろしさは、それ自体が流行になる事にある。
 友人が、隣人が、街並みが、鐘に満たされていく。力の弱いダーザインは、その鈴を畏れるまでになった。

 我ら以外の力は必要ない。規律は必要ない。そして、アムネジア討伐隊が組織された。


 •••••

ミヅキは、血の網からF(フー)達の避難が完了しつつある事を感知した。 行場を失ったダストは、オトネのアズレリィトオンに吸収されていたが、ここに来てその渦が逆転している。

 レヴィンに、流れている。

 網を張ったことで、ミヅキの意識は拡散状態にある。ダーザインとしてのキャリア(濃度)は、
 サヨ
 ミヅキ
 オトネ
 そして、レヴィン。

 なのに、何故かレヴィンにダストが流れ込む?水晶球とゲーテの指輪のためか?しかし、万が一に指輪によってキャリアが逆転しても、その身体は、ゲーテに乗っ取られる。

「……なにを考えてる」

グルルルゥゥゥ

 サヨを背中に背負った漆黒のオオカミが、ミヅキを威嚇する。


「……チッ サヨの意識が飛ぶと、目覚めるのかよ」
「よう……兄弟、久しぶりだな」
 
憎々しげにミヅキを睨む瞳は、深紅に塗りつぶされている。しかし、その瞳は獣ではない光を放っている。

 
 (悪夢の塊)

ゲーテに拘束され、ミイラになるまで血を絞り尽くされたんだ。人間を憎む権利は充分すぎる程にある。 

その上、この狗は、サヨと繋がる事で身体を取り戻して……いや大きくなっている。もはや、犬より狼に近い。

 メフィストは、おもむろに霧状のダストに齧り付く。咀嚼しながらも漆黒の瞳らは、ミヅキを捉えつづけている。



「……御立腹みたいだな」
 
「……心臓を返してほしいか?」

 身体を大きくしたところで、
 心臓が欠けていれば、
 サヨなしでは活動できない。
 
 そして、その欠片は、
 ミヅキの身体の中にある。

 凄まじい咆哮を放つと、
 漆黒の塊が、ミヅキに襲いかかった。

 ミヅキは、瞬時に血の網をはる。
 突進してきた敵は、
 この斬撃で細切れになる。

「!?……すり抜けた?」

 いや、斬撃を受けても、瞬時に回復している。
 凄まじい不死力。
 とっさに腕でガードするも、
 ミヅキの腕にメフィストの牙が食い込む。

「オォオオォ!」

 アレーテウェイン!

 噛まれた牙ごと、
 硬質化した腕を一気に引き抜く!

 バキバキ!

 距離をとったミヅキは、腕を抑えた。
へし折った牙を引き抜くと、
 ジワリと傷が塞がっていく。
 
 メフィストにいたっては、
 軽く頭を振る程度で、
 その牙は、もとどおり生えそろっている。

「……さすが、オリジナル」

 メフィストが、地面を蹴る。