彼らが、この街に現れたとき、
ゲーテは自覚した。
彼らが、この街に辿り着いたとき、
彼の妻は妊娠していた……
その胎内に、ダーザインを孕んでいたのだ。
彼らを、街に迎えいれたとき、
その奇跡に震えた。
ダーザインの完全体は、
犬のダーザインの他に、
人のダーザインも存在したのだ。
夫婦は、街に受け入れられた事を感動と感謝をした。そして、クリスティアーネに、子供の名付けを依頼した。
「女の子なら、憧れという花言葉のフリージア」
「男の子なら『約束された未来』という意味のマ………」。
しかし、ゲーテは、奇跡の喜びと共に、奥底に仄暗い思いが滲んだ。
その完璧なる不死の子が、
不死の犬の前に、
ゲーテの前に現れていたら……。
今、屋敷に祀っているミイラは、
犬ではなく人であった
のかも知れない……。
ゲーテが、妻を狂気から救うために、
自分が、いかに狂気的な街を、
創ってしまったのか……。
しかし、もう……
後戻りは出来ない……。
新しく産まれたダーザインの生命が
物心つくまでに、実に20年もの歳月が
かかった。
その歳月は、我々には瞬く様でも、
通常の人間には、この街の闇を知るには
充分すぎる時間であった。
彼らは、子供を守るため、
アムネジアと呼ばれる組織を作り、
我々ダーザイン達と、対立をはじめた。
そのアムネジアは、ダーザインから
ダストを、剥離させる効果をもつ
詠唱を持っていた……。
唄の名は、「アズレリイトオン」
レヴィンは、指輪からゲーテの過去を見た。この街に、眠り人に満ちたダストは、ゲーテ、クリスティアーネ婦の゙ものであった。レヴィンは、ゲーテに肉体の支配権を譲る代わりに、ダストの回収に手を貸すことを約束させた。
サヨの組織に加わったのも、オトネの讃美歌に賛同したのもこの密約があったためだ。
レヴィンは、「アズレリィトオン」を奏でさせた。
我は、この街を取り戻す。
秩序を取り戻すのだ。
秩序…………
また、奴隷を買う街に戻すと……?
それは、仕方のない事だ。
ダストは、メフィストの残虐性と、
クリスティアーネの狂気の結晶。
人の補填は、ダーザインが人を保つための、
必要悪だ。
•••••
オトネの歌声が、掠れはじめる……。人間が呼吸をせず生きていられる時間は、せいぜい25分程度。オトネが旋律を始めて、どれくらいの時間歌い続けている?

オトネに集まるダストの渦の速度が低下し始める。レヴィンの水晶球と、指輪に感化され始めた。
ダストは、結晶に集まる。この純粋な水晶球は、高速回転を増す毎に、力が重なりダストはこちらに惹かれるはず。
レヴィンに伝承された退魔術と、ゲーテの記憶によると、人がダストを吸収すると、人は現存在状態で〘刻〙が止まる。どんな外的要因が加わったとしても、現存在にもどる。それがダーザインが不死になる所以だ。
ならば、ダストを吸収した人が、同時に死した状態なら?……それが、レヴィン一族の退魔術。その祝詞が、アズレリィトオンなのだ。
ゆっくりと、建屋に溢れるダストの流れが反転しだす。さながらエントロピーが反転したかのようだ。
結晶が凝縮され、その体積が圧縮されていく。この小さな結晶が保つのか……。
そして、間に合うか……あいつが。
