ダーザインは不死者ゆえ、
食事を必要とせず、睡眠を必要としない。
しかし、それは”しなくても死ぬ事はない”という意味においてだ。
食事や睡眠を省略すると、身体が食事の効能を補填することはない。
また、睡眠をとらないと、記憶の整理もままならなくなる。
長命のダーザイン(不死者)は、たびたび記憶の混乱によるフラッシュバックに悩まされていた。
「マザーの店の娼婦が逃げたらしいぜ」
湿気たタバコに、無理やり火を灯しながら男が切り出した。
「そいつ、正気か? 逃げ切れると思ってんのか?」
「さあな……しかも、逃げたのは、あの人気ナンバー1の”ヴァイパー”だってよ」
「あの血を吸わせたら、サービス増すって噂の女郎?」
「なんか変な儀式するらしい……血を気味悪いミイラに垂らすんだと……」
「イカれてるな……」
「でも……スゲーいい女らしい」
「捕まえたら賞金と……」
「役得だな……」
はぁはぁ。
(くっそぅ……あの男、稀族っていったのに……ただの眷族だったじゃない)
(死なないって言うから、血を抜いたのに……)
(その分もサービスしたのに……)
(死にやがって……)
石畳を裸足で走るのは限界がある。
不死でなくなった身体は、
擦りむけた傷を治すだけでも、
日時がかかる。
(あの日、私は人間に戻って、
ミヅキは不死者になった)
(クロウズを、ミヅキが倒してくれたから、
クロウズの眷属だった私は人間に戻った)
(でも、なぜミヅキは不死者になった?)
(このミイラに不死の謎があるはず……)
昔、クロウズに飼われてた頃、
この街には「信仰」が植え付けてある
と話してた。
犬が、神聖な動物として崇められていて、
だから、街に野犬も多い。
なぜ? 犬が崇められてるのか?
それは、
このミイラを、
見た事があるものが、
教会に行けば、
すぐに解るさ……と。
「まちがいないのか?」
「ああ、もう出口も塞いである」
男は、肩に担いだショットガンを、
持ち替えグリップを握る。
「おいおい……女一人相手になんでそんなもの」
「……只の女ならな」
不死者ダーザインの存在は、まことしやかに囁かれていた都市伝説だ。
稀族(キゾク)と呼ばれる特権階級の中には、不死を獲得した存在がいる。
そして、その血を授けられたものは、眷属となり、その能力を分け与えられる。
「”ヴァイパー(吸血鬼)”ってのが、
プレイの名なだけならな……用心さ」
「くくっ」
「生かしてかえす道理もないしな……」
男達の下衆な含み笑いは、
吸血鬼のソレよりはるかに邪悪であった。
教会に秘密がある……。
サヨは、いまや廃屋と化した教会にたどり着いた。
「これが、この街の信仰……」
寂れた礼拝堂には、無惨な姿のメシアが貼り付けにされている。
凄惨な拷問にあった後、貼り付けにされたその姿は、人間の罪を一身に引き受けた男の姿を彫刻にしたものだ……。
サヨは、メシアの彫刻が嫌いだった。
子供の頃、身体を不死身にされ、ミイラになるまで血を啜られた。
……何度も、何日も、何年も。
あのとき、逃げ出さなければ、自分もこの彫像のように、永遠に地獄の苦しみを味わいつづけるところだった。
自分の姿を重ねてしまう……メシアは、解放されないのだろうか?
誰も助けはこないというのに……。
祭壇のメシアの頭部に、布がかけられている。
サヨは、手を伸ばし、布をつかんだ。
その頭部は、人ではなかった。
